理化学研究所 笹井氏の自殺 に思うこと

研究者の「権威」というもの・・・・

大学で学び、
短期大学で助手という立場で働き、
元同僚たちのその後の活躍を応援しながら、
50を前に 一時大学院生としてまた大学組織の中に入ってみて、

大学組織・研究者の中での「権威」というものの持つ様々な意味を考えました。


教育の倫理・研究の倫理 と 権威


権威を得たのちに 「防衛」 という心理が働き始めると、
それは攻撃(いじめ)という形で表れることもあります。
いわゆる アカデミック・ハラスメント ですね。


「権威」には「権力」がついてきます。

また、権威はより上位の権威に弱いので、
上位の権威者を守るために
あるいは上位の権威者の意向に沿うために
倫理に反することもしてしまうわけです。
(そうしないとその世界では生きられない現実が少なくありません。)


研究の不正 や アカデミック・ハラスメント の公開は、
社会的な地位「権威」を奪います。

自らの権威が危機に立たされたとき、
そうした行動をとりながら社会的地位を高め 「権威」を持った人には、
弱さ・脆さ(レジリエンスの弱さ) を感じます。

人間としての生き方より、権威を大切にして生きてきた人にとっては、
生きる“軸”が折れてしまうのも無理はない、そう思うのです。

私の知る範囲でのこと、であればいいのですが・・・・。



STAP細胞研究に関する真相はまだわかりません。
(さらに解明が難しくなってしまうのかもしれません)

笹井氏の自殺について
報道では 「まさかこんなことになるとは」 という声が多いようですが、
私は、
「このような状況の中で“生きていること”はさぞ苦しいことだったろう」
と心の中を思うのです。
自殺を止めていた“何か”が外れてしまったのかもしれません。
全世界を敵に回してしまったような心理状況だったのではないでしょうか。
自らの“弱さ”をもさらけ出して苦しみを相談する機会がなかったのでしょうか。
いえ、それができなかったのかもしれません。



状況は異なりますが、
厚労省の村木さんの場合を思い浮かべました。
あの時報道された村木さんの表情には 強さ を感じました。
他者の支えや自己肯定感があったのではないか と想像します。



一般論として、・・・いつも思うのです。

自殺しなければ社会は組織の体質を問題にしないのですか と。

過重労働、セク・ハラ、パワ・ハラ・・・etc

損を承知で申し立て、(あるいは黙って身を引いて)、
それを乗り越えた人間は、
自分で自分を褒めるしかないのが大勢でしょう。


組織のトップの毅然たる態度が 
組織のより良き風土を育てるのだと思います。

尊敬するある組織のトップの言葉
「私には、問題の事実を明らかにする一方で、
その構成員である双方を守る責任があります。」

研究者として世界的権威を持つ方の言葉です。
多くのことを学びました。

事実の隠蔽や責任の押し付け合いは、不幸な事態をまねきます。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック