抗がん剤治療 ~すい臓がんだった父の場合

5年前、父のすい臓がん治療で
「抗がん剤」と向かい合いました。

膵臓の病気で通院していると聞いて、
がんだと直感しました。

初めての受診同席で 目に入ったのは、
PC上の高度の貧血データでした。
そして、父が医師から渡された紙には、
CA19-9の 4ケタの数値 !

受診の待ち時間には
他の患者さんを気遣って席を譲るほどなのに、
体の中では確実にがんが大きくなっていました。

「次はどうしますか」って、
まだ 抗がん剤を勧めるのですか!
それがその時の正直な気持ちでした。

腫瘍マーカーの数値の意味を理解できるわけもなく、
副作用の下痢や吐き気に悩まされていても、
医師の前では、
「たいしたことないです!(笑顔)」

抗がん剤の治療に弱音を吐かないこと
=がんに負けないこと
だったのかもしれません。

強がり、頑固、そのものでしたから。


でも、
何百羽というキジの世話をする日常が
父にとっての最大価値。

毎日やりたいことが いっぱいありました。
身体が思うように動かなくては ため息。
休憩を入れながら、
疲労感と戦いながら動いていたのだと思います。
治療は大事な時間と活動エネルギーを奪っていたのです。

当時の標準治療薬TS-1を使っていました。

抗がん剤が がんを完全に治す薬ではないこと、
抗がん剤の副作用での貧血や倦怠感が体の自由を効かなくしていることを伝えました。

・・・しばらく考えて、
「治るわけじゃぁ ないんだな。・・・そうか。」
父は、抗がん剤治療をやめることにしました。
もちろん、
その後のできる限りの支援は約束しました。

次の年も同じようにキジの養殖が続けられるのなら
治療を続けてもいいかもしれません。
でも、手術適応ではないすい臓がん。
背部痛も出始めていました。
その年度の出荷どころか、年を越せるかどうか・・・。


痛みが強くなってきて、
ロキソニンの次の段階の鎮痛剤を処方してもらい、
「今日のやること全部終わった?
じゃあ 新しい痛み止めを試しに飲んでみて。」
数時間後
「だめだ、なんだか頭がふ~とする。
身体が思うように動かねぇ。
それに車の運転ができねぇんじゃダメだ。」
それ以来、痛みは一切口にしなくなりました。

痛みより 自分の体を思い通りに動かすことの方が 大事だったのです。


早期からの治療方針にかかわっていたら、
違った経過になっていたかもしれません。
早期の抗がん剤治療があったからこそ、
目標を達成するまでの延命が可能だったのかもしれません。

「・・・たら、」
「・・・れば、」 
考えても仕方がありませんけれど・・・。


★2014. 5/19 「父を送って4年・・・」

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