父の肝臓破裂の連絡を受けた時のこと ~サルビアの会6月患者会(その2)について

サルビアの会6月患者会(その2)について、
記事の一部修正をありがとうございます。


約10年ほど前のことでした。

実父の大ケガ(肝臓破裂)の連絡を受けたとき、 
[大したことはないだろう。急いで行かなくても大丈夫だろう。]
ではなく、

実は、私は、・・・・・
[またやった!今度こそ無理だ。] と考えたんです。
若いころ集中治療棟で看護師をしていた私。
[手術をしても出血を心配する肝臓なのだから 止血できるわけがない] 
と思いました。
私こそ ドライなんです。 
[ (助かるわけがないから) 明日 行けばいい] と。


夫に叱られて 夜遅く病院について、
一人ぽつんと控室に座っていた母にも、
「今度は覚悟してね。肝臓は血管の塊なの。」 
と話しました。


無点法な父のケガは、
一度や二度ではありません。

小学生のころ、
バイク事故でケガをした父を毎日リヤカーに乗せて
近くの診療所まで通ったことも覚えています。

山でスズメバチに襲われたときも、
自分の車で消防署までいって、
「ハチにやられた!」と言った途端に
意識を失ったとか。

そういうことを何度も経験しています。
だから、「今度こそ」なのでした。


病院では納得のいかない扱いに対して暴れるんです。

手術処置を受けて、
気がついたら はじめてのICU(集中治療室)。
自分の状況も理解できないままに
起き上がろうとでもしたのでしょう。
手足だけでなく 胸から脇の下へシーツを回され
起き上がれないように抑制されて怒っていました。
「なんだよ~。外せ~。」 って。 
(これじゃぁ、仕方ない)
「静かにしていないと血が止まらないのに起き上がろうとしたでしょ。
今動くと肝臓から血が止まらなくてずぅ~と家に帰れなくなっちゃうよ。」

運良く出血がおさまってICUを出たあとも、
手(足)の抑制は外れません。
「この管は肺を膨らませているの。抜いちゃったら 肺が潰れて息が苦しくなる。
お腹の管も出てくる胆汁を外に出す大事な管だからね。
無意識にひっぱっちゃうから、手が届かないようにしているの。
私がいる間は見てるから自由に寝返りをうっていいからね。
でも、私がいないときは手を縛ってあっても我慢してね。
ずっと一人の看護師がついていられるわけないの分かるでしょ。」

これで、「そうか。」 
(理解できる精神状態にもなっていました)
「ゆっくりご飯食べてきていいよ。」とか、
「あっち向くけど、いいか?」とか。

こうして、[ダメだ] と思った大ケガを乗り越えました。

それにしても ホントに頑強な人でした。
5年前に膵臓がんで亡くなりました 
★(2014/05/19) 父を送って4年 ~膵臓がんでした
 ★(2014/11/05) 抗がん剤治療 ~すい臓がんだった父の場合
 ★(2018/2/19) がん患者家族として語る ~「サルビアの会」


私は、一人を見ているだけですから 勤務より楽でしたが、
準深夜勤務時間帯を数日続けるのはやはり大変なことでした。

ベテラン看護師が夜勤の予定の時には、
「私が頻繁に見に行くから 明日の夜は休んできて。」
嬉しかったぁ というか、
これが無かったら続きませんでしたね。


身体中に意味の分からないチューブがたくさんついている父に、
他の家族は怖くて近づくこともできなかったのでした。 

病院(特にICU)というのは
やっぱり特殊なところなんだと思います。
私には見慣れた光景。
でも、多くの患者さんやその家族にとっては [怖い] [近づきがたい] 所。
目に入るものも、
見えている状態ではないのでしょう。
説明の言葉が耳に入っても、
聞こえない・理解できないのも同じ・・・・。


サルビアの会のMYさんの話を聴いていて、
MYさんは医療現場を様々な側面から見ることができるようになっている、そう感じたのでした。


埼玉県鴻巣市の開業保健師 ヘルスプロモーションサポート栗原 HP はこちら

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