計り知れない生命力 ~ 義父の場合 ~

介護保険制度元年、義父が脳梗塞で倒れました。

糖尿病と不整脈があることは知っていましたが、
詳しい病状は聞いていませんでした。

ある日、義母から、
「この前、急にしゃべらなくなって座ったまま倒れたと思ったら、すぐ治ったのよ。」
(よかったぁ、という反応でした。)

不整脈って心房細動だと直感。
私の頭のなかには一過性脳虚血発作が浮かび、
この後大きな脳塞栓が起こる可能性があることを夫にだけ伝えました。

そして1か月もしないうちに、現実に。
(まさに教科書通りだったのです。)


救急車で運ばれた病院では
たまたま同じ大学病院出身の医師が担当でした。
「病棟は?」 と聞かれて、「E400です。」
(医師) 「話が早い。ちょっと来て。」
ナースステーションで、
脳のCT画像には広範囲な梗塞巣、
胸部X線画像には巨大な心臓。
  ・・・・・・(厳しい)・・・・・
(医師)「どうしようか?…もし助かったとしても 植物状態だよね。。」
(私) 「今すぐ逝かれては母の心の整理がつかないですから、
   何とか3、4日でも 抹消ラインから強心剤だけで頑張れれば…。
   その他の処置は、…しないでいいです。」
(医師)「そうだね。…わかりました。…やってみよう。」


それが、
奇跡的に 快不快の感情しかないものの 片手は何とかものをつかみ、
約7年間 要介護5の生活を送りました。

後半は在宅介護。

最期も自宅で。
おそらく消化管のがんだったのでしょうが、
亡くなる数日前まで
経口モルヒネ剤とともに好きな握りずしを食べていました。

義母や夫・義兄の介護と、介護保険制度に支えられ、
庭を眺め、訪問者にはいつもにこにこと笑って・・・・・。


医療処置は最小限でした。

吸引のために口にカテーテルを入れたら、
それ以降しばらくの間 ストローで水を飲むことも拒否してしまいました。

全失語症で、言葉でのコミュニケーションはできません。

不快なことはしないで、気持ちのいいことだけをする…なんと幸せな。


ですけれども、介護の苦労を考えると複雑なのです。
誰もが 「最期は家族の重荷にならないようにしたい」 と言うようになったのは、
その経験の裏返しだと思うからです。


急性期の判断がどう影響したのか・・・・。
(影響したかどうかもわかりません。)
治療行為と結果の関係は、同じ人間で比較検証はできないですもの。


計り知れない生命の力に驚かされました。


これが私のもう一つの 病状の見立て違い です。  


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