「可哀相」という言葉  

昨日 気にかかった 「かわいそう(可哀相)」 という言葉。

今朝の新聞の『声』欄に、「傷つく言葉」として 投稿を見かけて
辞書に戻ってみました。

弱い立場にあるものに対して同情を寄せ、
その不幸な状況から救ってやりたいと思うさま。
同情をさそうさま。
(大辞林 第三版の解説)


そう、やはり、
水平の関係性を保ちたい人間関係の上では避けたい言葉であることを
改めて確認しました。

「共感」 ではなく、「同情」。
上から目線の言葉になりますね。


仕事がらといいますか、コミュニケーションに関心をもって過ごしているせいか、
「言葉を選ぶ」 ことには妙に慎重になります。

相手の発した言葉には、その意味するところにできるだけ近づくために
(こういう意味かもしれない、いや こう伝えたかったのかもしれない) と
何度も その前後関係から、考えてみることもしばしばです。

特に (ん?)と違和を感じた言葉は心に残ります。

時には、自分の発してしまった言葉の場合、
「あの時○○といってしまったのですけれど、ごめんなさい。
○○というべきでした。」
と、後から謝って、訂正することもあります。
一度口にしてしまった言葉を取り消すことはできませんが、
それでも、誤解を避ける努力はできます。

でも、逆に それほどそんなことを気にしないかたも多いものです。

ですから、自分に向けられた言葉に嫌な気持ちが生じても
それはそれで 流してしまえばいいのです。


気になるのは、
自分の目の前で使われた時の 双方の気持ちの変化です。

時には集団としての空気の変化にも影響するものです。



言葉は人間の持つ素晴らしいコミュニケーションの道具です。

でも使い方を誤ると、人間関係を壊すような思わぬ力を持っています。



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この記事へのコメント

2016年07月20日 16:10
言葉。実に難しいものですね。
何気なく 口から発してしまった言葉が他人を傷つけることも多々あり。反省しきり! 気をつけて発言せねばと、思いますね!

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