サルビアの会 (2017年 1月 家族会) に参加

古河市の福祉の森診療所で開かれている がん患者の会「サルビアの会」 に
参加してきました。 

MYさん、THさんそしてSSさんとともに談笑しているうちに
ご主人を亡くして4か月になる○さんがいらっしゃいました。

(先生)「お正月はいかがでしたか?」

(〇さん)「ダメでした。・・・・時間がたつほど辛くなります。」

(私) 「いつものお正月と比べてしまう、違いを感じてしまう のでしょうか?」

(〇さん)「そう。 いないことを なおさら感じてしまうんですよねぇ。
     話しかけても 相槌さえもない、・・・・でしょ。
     頭ではわかってるんだけど、気持ちのほうがまだまだなんです。」

(SSさん)
   「そりゃそうですよねぇ。まだ4か月?なのでしょう。 うんうん」


(○さん)
  「主人の車をやっぱり手放せなくてね。
  一人で2台はいらないし無駄なことはわかるんですけれど、
  やっぱりもう少し手元に置いておくことにしました。
  靴もそのまま、よれよれの下着もそのまま・・・(苦笑い)」

(SSさん)「私なんて13年たってるけれど、
       今でも靴を綺麗にして玄関に置いてるの。」

(AYさん)「私も主人の部屋はそのままの状態で 掃除だけしています。
       カレンダーも当時のままです。」

(THさん)「無理に捨てなくていいんですよねぇ。後に任せるわ。
       親を亡くしたときは片付けられるけれど、
       やっぱり それとは違うんだと思いますよ。」

(MYさん)「そう!自分のいなくなった後 残った人に任せればいいんですよ。」


○さんは、ご主人の骨転移がわかってから、大きくなっていく庭の木々を
手入れが難しくなるだろうからと 一本を残して切り倒したのだそうです。
その残した一本(ミツマタ)が 昨年の夏に枯れてしまったとか。
先日、それとは別にハウス内にあるブドウの木の剪定をしてみたそうです。
手入れの仕方をご主人から教わっていたそうで、
何とかこのブドウは守っていきたい、そんな気持ちが感じられました。

THさんによると、・・・・・
ご主人が亡くなる年にたくさん実をつけた琵琶の木が、
亡くなった後に 少しだけ実をつけた後 枯れてしまったとのこと。
お父さんの時も、梅が同じようにたくさん実をつけ 最後に1kgほどの実をつけてからは花を咲かせるだけになってしまったということです。
そして、その木にはそれぞれの思い出があったのです。

SSさんは、今年の初夢で ご主人の気配を感じたそうです。
「来てくれたのね。ほら、人が自分の前を通るときにかすかに空気が流れるでしょ。あの感じがして、そのあと 私の隣にいたんです。今年はいいことがありそ~。(うふふ)」

私やMYさん、先生は、黙ってお話を聞いていました。
[これほど、夫婦の関係というものは強いものなのかしら・・・・]
相手が生きているうちは分からないもののようです。


そんな中、○さんはある人から信じられないような言葉をかけられたと話します。
「ご主人を自殺で亡くされた人がね、私に『サッパリしたでしょ!』って言うんですよ。私ビックリしちゃって。・・・・どういうことなんでしょう。 二人で話していた時ではなくて、こんなふうにたくさんの人がいる中で言うんですよ。『私はそんなんではない』と答えましたけど・・・・。」

皆さん もちろん びっくりです。
いろいろな関係があるはずですけれど、
その発言者は、「通常」の範囲を超えているとしか思えません。


最初に 先生からお聞きしたお話なのですが、・・・・
90歳を超えるような母親を病院で亡くした時の
同居する家族のホッとしたような態度に驚いたという内容でした。
死亡原因が曖昧さを感じるような状況であっても、疑問より安堵。
自宅で介護をする立場になる人は、その負担を考えてしまう結果でしょうか。
認知症や寝たきりの高齢者は、悲しいことですけれど、
家族の中でそういう立場になりつつあるのも現実のようです。
家族の関係は まさに相互関係ですし、
若い世代が自分たちの生活で精一杯になっている表れでもありそうです。

集まっている世代は50代から70代。
これから高齢者として次世代に負担をかける側になるのです。
「そんな世の中だということを覚悟しなくちゃ、かしら。」
「自分の最期はどうなるんだろうね。」
「今考えても仕方ない。生きることを考えなくちゃ。」
「そう。困ったことが起こった時に さぁどうしようか考えればいい。」
「運もありますよね、その時の。」    
                      ・・・etc



普段は眠れず、みんなの話声の中だと気持ちよくウトウトしてしまう○○さん。
SSさんにそっと肩をゆすられ、話し始めました。

10年を超える認知症の母親の介護を今も続けながら、
がんの痛みに苦しみながら亡くなった父親の介護を振り返りながら。

「なんで、○○なの!
 なんで○○なの!  
   ・・・・・
 なんで弱いものの権利はどんどん減らされ、
 外国のために何千億ものお金が使われるの!
   ・・・・・
 テレビで報道される有名人はお金もある。最高の治療を受けられる。
  [いいなぁ]を通り越して、[それでもあんたは“がん”に勝てないのよ!]って。
  そう思っている自分に気づいて 情けなくて。」  (怒りと涙)

SSさんが隣で、一緒に涙を流しながら、
「今は一番苦しいときだからね、・・・でもね、ずっと続くわけじゃない。
 今辛い思いをしている分、生きていればいいことがあるから。
 何とかなるから・・・ね。」

先生も、
「人間の中には なかなか口にはできないけれど悪魔のような自分も住んでいる。
 両面性を持つのが人間。
 ここではそれも言葉にしていいんです。
 とにかく生きる。
 ここにはずっと来てください。」 
 
お父さんの苦痛緩和ができなかった医師や病院の対応は、○○さんの中に
「最期はがんがいい」という言葉にも怒りを感じるほどに刻まれているのです。
どんな医師に巡り合えるかも その時の“運”なのかもしれません。
ですが、この医療格差は無くさなければならない問題です。
県境をまたいだだけで、こんなに人生を狂わすようなことが起こるなんて残酷すぎます。

○○さんの利用した医療の状況をお聴きするたびに、
医療の地域格差を思い知らされます。



サルビアの会との出会い 
⇒ (2014/8/16)『がんになって分かったこと』 拝読いたしました


埼玉県鴻巣市の開業保健師 ヘルス プロモーションサポート栗原 HP はこちら

この記事へのコメント

2017年01月08日 19:28
なかなか 夫婦の在り方はお互い生きている時でも 難しいものですね。相性もピッタリ!という夫婦はまれ!
お友達の中でも ご主人がなくなっても 実に色々なパターンがあります。
喧嘩ばかりしていたご夫婦でも亡くなったら 寂しいと、言う方も多いです。
2017年01月08日 20:31
私も むしろ難しい夫婦関係のほうが多いように感じています。
それなのに、
サルビアの会に参加される方々は 本当に仲が良いのです。
ご夫婦で参加されている方もいらっしゃいます。

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