今どきの“スピリチュアル”って。。。

「スピリチュアル」という言葉をよく目にするようになりました。


一時、(だいぶ前のことですが)、 WHOの健康の定義の文言に、
それまでの physical, mental, social に、spiritualが加わわる
と聞いたような。。。

改めて確認してみましたら、

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的も、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。

上記のように現在の定義に “spiritual” はありませんでした。

「心の」「精神的な」には“mental”を使っています。

国際的な定義ですので、(その案を聞いた時には)
宗教的な面を付け加えようとしたのかと理解したのでした。

検討の結果 加えることを止めたということは、
メンタル“mental”の中に
哲学的な信念だとか死生観というような意味、信仰まで、
心に関するすべてを含ませるということでしょう。

その時に調べたスピリチュアルの語彙からすると、
日本語に訳し難いニュアンスの言葉でしたし、
(「霊的」などと訳されたように覚えています)
日本人の宗教観からすると慣れ染まないだろうと感じたものです。



ところが今では、

心(とくに、カウンセリング)に関する情報を探っていくにつれ、
驚いたことに、
日本の中でも、
「スピリチュアル」はとてもありふれた言葉になっていました。。。

最近、ごく普通の若者に問いかけたところ、
即、反応が返ってきました。 
そうか、
やっぱり私の認識以上に、
「スピリチュアル」という言葉は日本人のなかに浸透していたのですね。



「こころ」を示す言葉はいろいろあります。

先ほどの「メンタル (“mental”)」のほかにも、

「心理・心理学」 “psychology ”
  → 人間の心の仕組み。心の学問(科学)。

「精神」 “spirit” 
  → 心の働き。意識。価値観。(語源はキリスト教と関係)
  動的な、エネルギーを持つこころのありよう、
  それぞれの人が持つ個別のこころのありよう、
  哲学的な意味あいのこころのありよう、
  人間を超えた(科学的に説明できない)存在意識

   ・・・・ とか

“psychology ”と“spirit”は違いが分かりやすいように思います。



ところが、

精神(スピリット)“spirit”の形容詞であるスピリチュアル“spiritual”
いつのまにか意味の幅が広がっているようです。

私の場合、(わたしの考えるスピリチュアルは、スピリットの形容詞形)
人生に対する充実感や向き合い方に関する 
とか
人生の意味に関する
とか
まさに哲学的なニュアンスをもつと考えています。
(語源がキリスト教だとすればそこはたぶん理解できるものではありません)

最近の使われ方は、
何やら、
「心霊現象」とか
「占い」とかに近くなっている・・・ようです。(まだまだよくわかりません)



「人間すべてに内在している秘めた力の存在や可能性」 (「精神世界」)については、その存在も重要性ももちろんYESです。

熟達した技を持つひとが持つ「勘(直感)」は、
言葉では説明できませんがその存在を否定する人はいないでしょう。
それは経験のなかで培ってきた「暗黙知」とも呼びます。

「無意識(いわば潜在意識)」についても 関心をもって学んできました。
でも、
この「潜在意識」というのも 「スピリチュアル」とともに使われる場合、
少しニュアンスを異にして使われているように感じます。
「無意識」と「潜在意識」は区別しているようですね。。。(ん~?)



言葉の使い方はいつでも難しいものですが、
「スピリチュアル」のように、
語源を離れて時代の中で意味が広がっていく場合はなお難しいものです。



※フランクルの人間観では、「心理」と「精神」の区別を強調しているのが特徴の一つ。
 フランクル心理学もまた 違った意味で、「精神的」にあたる言葉に
 「スピリチュアル」ではなく「ノエティック」という言葉を使っている。
 フランクルの言う「心理的な現象」とは、私たちの中に自然と起こってくる心理反応。
 これに対して、「精神」という言葉でフランクルが言おうとするのは、
 自動的に生じてくるこのような「心理的現象」に逆らうか従うかを決める
 本人の主体的な決断。
 (諸富祥彦『フランクル心理学入門 どんなときにも人生には意味がある』)




このところ、様々なスピリチュアルを謳うブログを読んでみながら
自分の中の「スピリチュアル」について考え続けていました。


決して現代の「スピリチュアル」に反対するわけではありません。
その人がどんな内容を「スピリチュアル」の意味に含めているのか、
そこも千差万別と感じましたから。

ご本人の好み・価値観の問題でしょうし、もちろん正否はありません。

ですが、私は、
自分自身に向き合うことがないままに答えを求める姿勢のようなものには抵抗を感じます。



「スピリチュアル」の今どきの使われ方・意味の幅を知ることで
その自分なりの使い方に心配りができるようになったかな、
そんな風に考えます。
分かろうとしても分かることが難しい言葉なのかもしれません。
分からない言葉はできるだけ使わないのがよい。





それぞれの人の ぞれぞれの価値観 を尊重します!
埼玉県鴻巣市の開業保健師 ヘルス プロモーションサポート栗原 HP はこちら


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