がん患者家族として語る ~「サルビアの会」(2018.2.17)②

埼玉県鴻巣市のフリーランスの保健師 栗原です。HP

2月17日(土)は
茨城県古河市のがん患者会に参加してきました。



Kさんの抗がん剤治療についてのお話が
一息ついたところで、

実父をすい臓がんで送った患者家族として
私の経験をお話しました。

画像












父の抗がん剤治療を止めるように
働きかけた家族です。

(2014/5/19)
父を送って4年 ・・・膵臓がんでした


(2014/8/16)
『がんになって分かったこと』 拝読いたしました

(2014/11/5)
抗がん剤治療 ~すい臓がんだった父の場合



すい臓がんは、
ケガ(肝臓破裂)をした後のフォロー検査CTで
見つかってしまいました。
「すい臓になんかあるらしいって言われたんだよ。」

その言葉を聞いて がんだと直感した私は、
「で、どうするの?」
「入院したくないから、治療はしない。」
「うん、そうだね。」

[早期発見だとすれば
自由に動ける時間はしばらくある]
そう考えたのでした。

しばらく何の音沙汰もなく、
母から他の話のついでのように
通院治療をしているという情報が
入ってきました。
そのころ、
特定保健指導事業立ち上げに全力を使い、
全くがん治療から離れていた私は、
抗がん剤の内服薬があることさえ知りませんでした。

一体どういう状態で、
どんな治療を受けているの?
それを知りたくて
受診日時をきき、
病院で父と久しぶりに会いました。



待ち時間に
持っていた検査結果や薬の処方を見て、
???
そして、
診察室で渡された腫瘍マーカーの値や
PC上のデータを見て、
!!!
[なんてこと!]

目の前にいる父の姿は、
体の中で起こっていることを
全く感じさせませんでした。

が、
これは、
父の「弱みを見せない!」性格のゆえ。


診察室から出て、
「なんで相談しないのよ~」
「入院しないで治療ができるならいいと思ってよ。
下痢はきついけど、まだ頑張れるよ。」

他のことでは絶対的な父も、
医学・医療のことになると
一目置いてくれるようになっていました。
私の
「頑張るところがちがうんだなぁ。」
に、??
少しへこんでいました。

70代でも理解力はしっかりしている。
でも、医療は素人ですからね。
年代的に、「お医者様」という認識ですし。



さぁ~てどうするか。

そこから数日間
ア~でもない、
コ~でもないと考えて、
他の家族の考えも個別に確認して、
久しぶりに頭をフル回転しました。
(脳疲労真っ最中なのに・・・)


先のブログの通りです。

それ以上の積極的治療はやめて、
父の住む市内で信頼できる
在宅診療医と訪問看護ステーションを選びました。
これが最も重要なことです。



主治医が
電話での連絡を快く受けてくださったおかげで、
最期まで父らしく生きるために
最善の意思決定支援ができたと考えています。

私は父の様子を気にかけながらも
予定通り 進学のため
埼玉県から群馬県へ転居しました。



家族それぞれにどうしたいのかを聞いても、
一致するはずがない。
その中で
相互の関係(性格を含め)を考慮して動く。

家族だからできたことも
家族だから攻撃されることもありました。

でも、
大きな迷惑をかけない限り
本人の望みが最優先です。
(家族の考えが第一になってはダメです)




「私の父は、CA19-9が4桁でした。
それは夏。
それからもずっと外で過ごそうとしていました。
やりたいことをやり切って、
亡くなったのは次の年の5月でした。」

(赤荻先生)
「Kさんの腫瘍マーカーの値なら
まだまだ1年は、
いや2年も大丈夫かもしれませんよ。
 ・・・・
本当の最期は、
長くても1か月、2週間くらいかなぁ。」

「そうですね。
父は2週間くらいが
本当の最期の時間でした。
痛み止めを十分に使ってもらって
おそらく穏やかに。。。」


私は
父が息を引きとった時間の10分ほど前に
なぜか いつもより早い時間に目覚め
携帯電話の電源を入れていました。

妹からの電話連絡に
「うん。」
と答えただけです。

私自身が自分の身体も起こすのも難しいほどに
うつ病の症状が重くなっていた時期だったのです。



どちらかというと
抗がん剤治療を選んで頑張るかたが多いので、
あまり抗がん剤を止めるように働きかけた私が話す機会はありません。

高齢になれば、
程度の差はあれ
体力も落ちてきます。
各臓器の機能低下も当たり前。
病気がなくても老いという不自由さに見舞われる。
そこに負担の大きい抗がん剤を使うことが
本当に幸せな時間をつくってくれるものでしょうか。

ゆっくり進行するがんはもちろんですが、
どんながんも
自覚症状が出てくるまでには時間があるもの。
私は父の早期すい臓がんの発見を
幸運とはとらえませんでした。
通院や治療に大事な時間を使われてしまうことが
父の暮らしを考えると残念でならなかったのです。


自分の経験を話すときは、
保健師として発言するときより
気持ちは楽なものですね。

自分の価値観をそのまま言葉にできます。



KさんにはTS-1もやめて
穏やかに自由に生きていただきたい。

医師に遠慮することはありません。


在宅診療も訪問看護も機能している古河市。

そこに住んでいることが何よりの幸運です。







それぞれの人の ぞれぞれの価値観 を尊重します!


埼玉県鴻巣市の開業保健師です。
 ヘルス プロモーションサポート栗原 HP
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